シマフクロウ生息環境の面的保全

機関紙「国立公園」に掲載された内容です。

~底生魚を対象とした手作り魚道(小さな自然再生の取組)~

はじめに

シマフクロウは、翼を広げると180cmに達する世界最大級のフクロウである。日本では北海道のみに生息し、古くよりアイヌの人たちに村を守る神として北海道各地で崇められていた。しかし、大規模な森林伐採等による営巣適地の減少に加え、ダムの設置、河川改修による餌場環境の減少等により、シマフクロウが絶滅の危機に瀕している。

環境省は、道内に生息・繁殖するシマフクロウ、タンチョウ、オジロワシ、オオワシの4種を保護増殖事業の対象に指定し、これまで、種ごとの生息状況調査、巣箱の設置、給餌、傷病救護等の取組を進めてきた。現在、それぞれ状況は異なるが、個体数の回復等が期待される状況にある。

一方で、生息地が知床半島、根釧地方、十勝地方、日高地方に分断されており、若鳥の分散、定着が困難な状況が課題として残っている。また、つがいの約半数が知床に集中しており、近親交配による遺伝的多様性の劣化も懸念されている。個体数は増加したが、保護増殖事業の最終目標である「自然状態で安定的に生息できる状態」の達成に向けては、生息環境の回復が不可欠である。これに向けて、平成25年には「シマフクロウ生息地拡大に向けた環境整備計画」を策定し、現在は、点ではなく面的な生息環境の保全へ段階が進んだ状況だ。

背景

シマフクロウは、中小河川の水深が浅い礫河川(泥河川や砂河川ではなく)で、おもに魚類を採餌することが多い。【写真1】取組の対象となった河川は、シマフクロウ採餌の適地河川と考えられるが、横断工作物が多数設置されている。

魚類調査にて、シマフクロウの重要な餌資源である夜行性の底生魚(主としてカジカ類)が最下流では一定程度の数が捕獲されたが、直上の落差工上部区間では捕獲されなかったことから、落差工により遡上が阻害されていることが判明した。

【写真1】人工巣箱内の雛にハナカジカを運ぶシマフクロウ(提供:シマフクロウ環境研究会 竹中健 氏)

底生魚であるカジカ類は、川底の石の隙間を生活空間や産卵場所とする。カジカ類の中には、エゾハナカジカのように孵化直後の稚魚はいったん浮遊して海に下り、そこで数週間成長した後、再び川に戻るという生活史を送る種類がいる。そのため、落差を伴う工作物は遡上および分布域拡大の阻害要因となっている。

シマフクロウの生息環境を面的に保全する第一歩として、下流に位置する落差工を対象に、令和3年、令和4年に実施した底生魚の遡上および生息環境向上を目的とした手作り市民魚道の設置に関する技術情報を紹介する。なお、今回の市民魚道の設置は、環境省釧路自然環境事務所が進めている、”根釧地域におけるシマフクロウ等4種の生息環境整備”の一環として実施した。

一年目の取組(石倉の設置と既設魚道の改良)

今回の対象河川では、落差の無い本流合流点から数十メートルに1号落差工(下流から最初の河川横断工作物・落差1.0m)が出現し、底生魚の遡上を阻んでいる。

現地を確認したところ、落差工は落差のある本堤(コンクリート)と落下水の衝撃エネルギーを拡散・消費するコンクリートの水叩きがあり、遡上を阻んでいた。それだけでなく、水叩き下流の護床工(コンクリートブロック)も低水路幅いっぱいに敷き詰めているので、遡上阻害物である。さらに言うと、合流付近は本流の氾濫堆積物で構成され、比較的細かな砂礫河床のため、底生魚の生息・産卵環境としては不十分である。このため、底生魚は護床工下流の河岸等の空隙にしか生息していないことが確認できた。

以上のことから、令和3年は護床工の下流に石倉(いしくら)を設置し、底生魚の誘導を試みた。【写真2】

落差工下流に設置した石倉
【写真2】落差工下流に設置した石倉

また、落差工(落差1.0m)にはサクラマス等の遊泳魚用の既設階段式魚道があったので、河床を這うように動く底生魚も遡上できるよう、その魚道内に現地の礫を敷き詰めた底生魚用斜路を手づくりで造りこんだ。【写真3】

既設魚道内に設置した底生魚用斜路(写真は設置のため水を止めた状態)
【写真3】既設魚道内に設置した底生魚用斜路(写真は設置のため水を止めた状態)

二年目の取組(斜路をつけた手作り魚道の設置)

令和4年度は、2号と3号の落差工(ともに落差1.0m)の2基を既設魚道外に手づくり斜路魚道を設置した。設置位置は、洪水時の礫混じり高速流の発生により手作り魚道が破壊されないことを考慮して決めた。1号落差工では、既設魚道が洪水時の流心位置から外れているため、既設魚道内に斜路魚道を設けた。2号と3号落差工は、既設魚道位置が洪水流の流心位置にあるため、手づくり斜路魚道は河岸沿いに新規設置した。

話が前後するが、斜路魚道とした、その理由を述べてみる。

既設階段式魚道内の流速は概ね1.5~2.0 m /s である。既設魚道の対象魚はサクラマス等の大型遊泳魚であり、突進速度(1~5秒間程度瞬間的に持続できる最大遊泳速度)は約4.0 m/sである。では、遊泳力の弱い底生魚の突進速度はどうか。約1.2 m/sであり、ほとんどの底生魚は流水に押し戻され、遡上は不可能である。このため、底生魚が遡上できる約1.2 m/s以下となるように、玉石を配置した斜路魚道を考案し、表面の玉石の流失防止として木組みで玉石を抑え込み、河床からどこからでもはい上がれるように斜路型にしてある。【写真4】

【写真4】後日に作業が若干残ったが、記念撮影(R4年)
【写真4】後日に作業が若干残ったが、記念撮影(R4年)

なお、手作り魚道の設置は、1基あたり20人程度で作業して1日で完成する作業量である。設置作業に参加したのは、環境省の職員、シマフクロウの保全活動に係る組織の方々、取組に賛同する地域住民等である。魚道および斜路の骨組みにはバタ角を使用し、ボルトで固定した。石倉および魚道内に詰めた玉石は、すべて現地で収集した。魚道の流入水を止め、水と土砂を掻き出す必要があるのだが、これが地味に大変であった。

おわりに

対象河川には、より上流に魚道を伴わない治山ダムおよび取水堰が設置されている。遊泳魚であるサクラマスが治山ダムより上流には遡上できていないことが分かっており、まだまだ課題が山積している。シマフクロウの生息環境を面的に保全するには、今後も河川工作物の改良を検討・実施していく必要がある。今回設置した石倉・斜路型魚道に対しては魚類のモニタリング調査を実施し、結果をフィードバックして今後の落差解消に反映していく予定である。

筆者プロフィール

岩瀬晴夫(いわせ はるお)

  • 株式会社 北海道技術コンサルタント 技師長
  • 北海道留辺蘂町(現北見市)生まれ、技術士
  • 固いコンクリート構造物設計から応用生態工学分野の調査・設計にうつり”見試し”の実践を通じて不確かな川の挙動を知ろうとしている。

野表結(のおもて ゆい)

  • 株式会社 北海道技術コンサルタント 流域計画部 主任 鳥類調査員
  • 北海道静内町(現新ひだか町)生まれ
  • 帯広畜産大学畜産課学部 卒業